土木の話

財政支出のひとつとして、公共事業がある。
内閣官房参与京都大学大学院教授の藤井聡先生がまとめた国土強靭化計画である。
首都直下型地震南海トラフ地震等の大災害からの防災・減災対策、老朽化したインフラの補修、更改も含まれている。
藤井先生は、土木チャンネル、築土構木の思想という動画をyou tubeで上げている。

土木の語源は中国古典の淮南子(えなんじ)から、きている。
築土構木から土木と造語された。
漢文では、之が為に土を築き木を構えて、からである。

通釈は次の通りである。

むかし民は、湿地に住み、穴ぐらに暮らしていたから、冬は霜雪・霧露に堪えられず、夏は暑さや蚊・虻に堪えられなかった。そこで聖人が出て、民のために土を盛り材木を組んで室屋を造り、棟木を高くし軒を低くして、雨風をしのぎ、寒暑を避けるようにさせた。かくて人々は安心して暮らせるようになった。

中国古典の政治書、桓子(かんし)は、春秋戦国の有力国、斉の大臣、桓仲(かんちゅう)の政策方針をまとめたものである。黄河の河川氾濫から、民を守る為に堤防を築いたり、農業振興の為に潅漑事業を行うことの重要性が説かれている。

日本の戦国大名の領国経営でも河川整備、潅漑は重要視されてきた。武田信玄も信玄堤を造っており、土木工事は政治の中心として必要不可欠のことであった。
戦後、日本の高度経済成長もインフラ構築が果たした役割は大きい。高速道路、新幹線、鉄道、地下鉄、港湾、空港、上下水道、電力、通信、都市ガス等々、私たちの暮らしに欠かすことの出来ない公共サービスはインフラ無くしては成立しない。以上のことに反論する人はいないはずである。嫌なら田舎の山中にでも住まなくてはならないが、電力、通信、水道のユニバーサルサービスの恩恵は日本各地あまねく行き渡っているはずである。

しかし、昨今の風潮として非常に奇異に感じられることは、生活を支える様々なサービスをインフラから、受けているのに、土木建設業界を嫌う人々が多いことである。

民主党のいうバラマキは根拠薄弱な物言いである。手当てや給付金等はバラマキでなく、土木工事はバラマキだというのだから、噴飯ものである。コンクリートから人へ、というスローガンもあった。置き換えられる対象にはならない。少し考えてみれば、おかしな言葉だが、当時は社会を席巻していた。

何故土木を嫌う人々が多いのか?私には理解不能である。

ゼネコンから、政治献金されていたことが気に入らないという人も多いのだろうか?
政治と金の問題は、政治資金規制等法律でなされるべき問題であり、土木建設業界だけが槍玉に上げられるのは公平性を欠いている。

公共事業で土木建設業界に発注されることが気に入らないのか?
構築されたインフラの恩恵はあらゆる人が享受出来る。またインフラ構築は都市部だけでなく、疲弊した地方にも経済効果が期待出来る。経済効果は建設の直接雇用だけでなく、鉄鋼等資材業界にも及ぶ、これら業界で稼がれた所得は流通、飲食等様々な民間消費支出にも波及する。乗数効果である。自身の業界に直接発注されないことをひがむのは短絡的である。

政府の財政政策、公共事業の支出自体を嫌う人々もいるだろう。
ポール・クルーグマン、ジョセフ・スティグリッツ等著名なノーベル経済学賞受賞の経済学者もインフラへの公共事業支出は、国民全体へ公平な支出であると著作で論述している。

今年は、夏場の豪雨災害、土砂崩れ、冬場の豪雪災害等各地で頻繁に起こった。災害復旧、人命救助の活動に尽力したのは、自衛隊だけでなく、各地の建設会社である。

土木建設業界へのいわれなき偏見、一度公正無私な心で、改めて考えて頂きたいと思う。